2007年08月16日

ネットカフェ難民

8月15日水曜日
日経新聞

『日雇い仕事をしながらネットカフェで長期間寝泊まりする「ネットカフェ難民」について厚生労働省は初の実態調査に乗り出した。

(中略)支援策としては、就労相談に応じる窓口を大都市部に設置する計画。

安定的な就労実現には住所を定めるのが先決であるため、賃貸住宅への入居費用をためる資金計画を助言したり、寮付きの仕事を紹介したりする。

NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」(東京・新宿)の湯浅誠事務局長は支援について「定期的な収入を得るまで何らかの生活保証がなければ、
支援制度を利用するのは現実問題として難しい」
と指摘している。


お久しぶりです。

この国の政策はいつだって、

かたちとして、とりあえず整えれば良し
という傾向を感じる。

社会は進化しているから、やれることもかなり進化してもよいはずなんですけどね。

工夫の余地を削るのがこの国の公務員政策なんですよね。

はみ出るなって毎日指導されたらできない理由をたくさん探せる人の方が、

評価されちゃう空気があるのでしょうね。

だいたい学校がそうですものね。

教師が望む範囲から逸脱しないことを強制続ける。

現実問題として活用し易い支援策や支援制度を作ることは、実は割と簡単で可能なんです。

できない方が評価されちゃう日本を、本当にどうにかして欲しいな。
posted by ひいらぎ at 23:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月10日

受け身の姿勢

知識生かす力 ゼミで育成

成果競う/オープン参加/費用補助も

学生の行動に積極性
武蔵大学 学長 平林和幸氏

『私たちがゼミ改革に取り組み始めたきっかけは、開学以来「ゼミの武蔵」という定評を得ていたにもかかわらず、活動が停滞していたからだった。

原因を分析したところ、学生のコミュニケーション能力の不足で活発な議論が起こらないことや、受け身の姿勢の学生が増えてグループ活動がうまく運営できないことなどが、課題として浮かび上がった。

偏差値が多い学生でも、その知識を実践で使う知恵がない。
私たちの意識の中には、知識量が多い学生は知識活用能力も高いという前提があったが、この前提は今日では成り立たない。

他方で、社会が学生に求めるのは、知識活用能力である。特に企業は採用にあたって、専門知識よりもコミュニケーション能力や行動力を重視する傾向を強めている。

しかし残念なことに、こうした能力を育成するプログラムを、大学側は十分に提供してこなかった。むしろ学生たちは、サークルやアルバイトなどの学外活動によって、この能力を体得してきたのである。

採用面接で、大学で勉強したことよりもアルバイトで何をやったかを問われることが多いのは、その証だ。

社会で活躍する人材を増やすには、大学で知識活用能力をはぐくむプログラムの充実が必要だ。

私たちは、その育成に最も適しているのが、ゼミだと考えている。

なぜならば、知識活用能力は体験からしか得られないが、少人数での活動が可能なゼミは、抗議型授業に比べ体験学習を実施しやすい。

また、学生と教員との接触機会が多いため、教員は個々の学生の性格や生活環境などが把握でき、一人ひとりに合わせた指導を行える。

こうした考えに理論的な裏付けを与えてくれたのが、経済産業省が概念化した「社会人基礎力」だ。
これは、知識を使いこなせる能力に焦点を当てており、具体的には、

前に踏み出す力(アクション)、

考え抜く力(シンキング)、

チームで働く力(チームワーク)

の三つの能力とされている。
まさに我々が模索していた方向性に道筋をつけてくれたのである。(後略)』

今の学生が受け身とか、なんだか足りないイメージの言葉が多く社会に発信されるが、まあそこはそうとは思わない。

社会が進化して、求められる能力が遥かに進んでしまったのである。

少なくとも、私の世代より今の世代の方が能力は遥家に上だと思う。

しかしながら、今の若い子は、受け取る能力も高くて、時代から求められる能力を感じ取っているから、

よりプレッシャーが大きくて、受け身になりやすい。

今の時代は、既に、小さい頃から1歩踏み出す体験学習が重要なんだ。

過去の世代は、自分たちが時間をかけて得てきた能力が、時間をかけたからこそ、得たものだということがまず、自覚できない。

だから、いつも「今の若者は」という。

なぜ彼らがプレッシャーに負けそうになるのかが理解できない。

私たちの世代は、のん気にノー天気に言葉を発して行動することができた。

見えない、知らない強さだ。

教育をこのように工夫すれば、未来は明るい。

この記事から私が受け取ったことは、

「日本の行く道が見え始めた!」
決定のすばらしさです。

ピータードラッカーさんが、
日本はなかなか変われないけれど、決定してからは速いから心配はしていないとおっしゃっていた。
その決定が固まり始めた!

そういうことです。

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2007年04月09日

お金を活かす

2007年4月9日月曜日 日経新聞

まなひ再考

全国一斉学力調査

必要な施策に生かせ

お茶の水女子大教授 耳塚寛明氏

『四月二十四日、文部科学省による全国一斉学力・学習調査の実施が迫る。三万三千を数える全国小中学校の、二百三十万人を超える子どもたちが参加する国家的イベントといってよい。
さまざまな政治的思惑がせめぎ合うなかで設定された調査であるだけに、完成形とは大きな隔たりがある。
早晩、時系列的調査や格差調査等へと、学力調査事業の再編成を迫られるだろう。

わが国の教育行政は、教育の成果を観察してそこから必要な施策を引き出すための仕組みを長く欠いてきた。現場や地方の自律性を高める方向への義務教育の構造転換は、同時に水準監視装置を必要とする。それゆえ欠点を挙げ連ねてつぶすのではなく、副作用を除去してうまく機能する仕組みへの改善が求められる。

(中略)

小規模自治体の中には県教委の支援を必要とするところも多数ある。今の準備状態では、地域と学校と子どもを競わせる国家的規模の学力コンテストになりかねない。

うまく使えば、学力格差を縮小するためにどこに人とカネを投下すればよいのかが浮かび上がる。それができて初めて、数十億円の国費を投入した国家的事業の採算がとれる。』

とにかく、税金を使って事業をする人こそ、お金を活かす視点を持ってもらいたい。

かたちだけ、事業としてやればいいのではなく、

その事業のもつ目的を、追求して追求して、結果の責任をもつような、仕組みというか、義務というか、そういう(うまく言えないんだけど)新しいかたちを創って欲しい。

目先のかたちでなく、目線を目的に移す。

新しいかたち、新しいかたち、新しいかたち。

耳塚先生の言葉への感想文を書かせて、その理解の達成のある人しか、公務員に選ばないで欲しい。

表面的な暗記ではなく、構造から考え組み立てられる人。

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2007年03月31日

悩みなき

2007年3月31日 土曜日
日経新聞

悩みなき高齢者
日本最高の55%
内閣府の国際調査

『内閣府が三十日発表した「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」
によると、日本の高齢者は悩みやストレスが「全くない」とする人が五五・二%に達し、先進国で最も多かった。

「日々の暮らしに困る」など経済的な不安を感じる人が、先進国の中でも少ない。
一方で将来の備えを「何もしていないて」とする人が三四%と八・五ポイント増え一部の人には生活の不安の芽も出ている。

調査は二00五年十一月から0六年二月に日本と米国、ドイツ、フランスで、六十歳以上の男女を対象にそれぞれ千人前後から聞き取り調査をした。

悩みやストレスが「ない」とする人は日本が最も多く、少ないのはドイツの二六・八%。

「経済的に日々の暮らしに困っているか」との質問にも日本は「困っていない」と回答した。』


こういう聞き取り調査では、この国の場合、意図が働いているのか、素直に受け止めていいのか、

実はよくわからないんだけど、

素直に受け止めたら、日本が世界一の長寿国で世界一の健康寿命国である訳がよくわかる。

日本はいい国なのです。既に。

そこには感謝をしましょう。

できたら、未来のために、より若き人々を信頼して、自由に任せる勇気を出してください。

素晴らしき人生の先輩方。

あなた方の時代には、荒削りな自由がたくさんあった。

人に任せなければできないことがたくさんあったから、

人に寛容だった。

最近はどんどん書類至上主義にむかい、

自由に見えながら自由がどんどんなくなっている。

そのことへの理解と対策をよろしくお願いします。
posted by ひいらぎ at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の流れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

高い理念

2007年3月24日土曜日

日経新聞

法改正、私はこう見る

木下直之氏

東京大学教授

『登録制度を機能させるため、実態にあ合わせて対象を広げる発想はうまくいかないと思う。

公立・私立が対象だった制度に一気に国立を入れて質が高まるか疑問だ。審査を通じて、国が博物館の方向性を縛る可能性にも留意がいる。

今必要なのは、博物館とは何かという理念をできるだけ高く掲げることだ。

それを抜きにしては制度は形骸化する。』

何に対する意見かというと、「博物館法」の法改正についてです。

私自身も博物館法にはほとんど興味はなくて(ごめんなさい)たまたま目に入った小さな四角の意見の何の「理念をできるだけ高く掲げること」っていう言葉にとっさに、反応したわけです。

法律をつくる人、制度をつくる人は、大変大変優秀で、深く日本のいく道を幾通りにも考えて、素晴らしい法律や制度を作ってくださると信じてるし、信じたい。

けれど、現実は変えても、結局、実行される時に作文や書類の特徴を利用できる、そこにエネルギーを割けるタイプの人々に利用されて、結果、意図は形骸化されてしまうのですよね。

真面目に努力して、現場で働いている人は、そういう書類を整えることにエネルギーは割けない。

どんどん疲弊していく。

現場と書類上の矛盾に葛藤する。

この間も大学の先生が、新しく課される義務化に

義務化は形骸化を招きやすいと書いておられた。

そうか、法改正はその前に、できるだけ高い理念を掲げることが大切で、

窓口になる公務員の方々に、

何のためにこの法律があるのかを、

目指すものを、高く一致させることが大切なんだ。

たくさんの問題は、

「意識改革」が必要なものかたくさんある。

意識改革は無理

じゃなくて、目指す高さを方向をはっきりと示すことで、生活しながら、自然に変わっていく工夫が大切なんだと思う。
posted by ひいらぎ at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

紙一重

2007年3月23日土曜日
日経新聞 夕刊

あすへの話題

状況思考

一橋大学名誉教授
野中郁次郎氏

『最近、美徳について考えている。福沢諭吉は『学問のすゝめ』で、傲慢(ごうまん)と勇敢、頑迷と着実、軽薄と鋭敏などは、不徳と徳が相対するようでいて実は紙一重だと言っている。例えば軽薄さも寄席で演じれば徳となる。

だが唯一、不善中の不善が「怨望(えんぼう)」であり、状況にかかわらず不徳となる。

怨望は、陰湿で進取がなく、他と比して自らを不満に思い、自分を省みず他人を頼み、自分を高めずに他人を下ろそうとする「公利の費をもって私を逞しうする」行為である。

諭吉は、怨望から猜疑(さいぎ)、嫉妬、恐怖、卑怯などが生じ、あらゆる悪事の根源となると断じている。

日々のマスコミの報道などを見るにつけ、世間はいかに怨望渦巻くところかを過剰に演出しているとしか思えないほどである。』

最近の私は、この野中郁次郎氏に心酔しきっている。

外見的には、まったく偉ぶらない好好爺。

いかに力を抜いて、真っ直ぐ崇高に生きてこられたかを、忍ばせる。

とにかく書く文が、
短い文に、余分がなく、なんと表現すればいいのか、完璧というか、崇高というか。

読ませてくださってありがとうございます。

としか言えない。

また後半がいいのです。

自分がどんな風に思おうが生きようが、
不徳と徳は紙一重、

自分にも他人にも甘く、そして厳しく、包容力と人類愛を目指していきたいと、
唐突ですが、そう思います。

批判のための批判は誰も幸せにしない。
被害者意識も誰も幸せにしない。
自分の潜在意識が一番よく知っている。

なりたい自分になろうね。


posted by ひいらぎ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

アフリカの視点で述べよう

2007年3月21日水曜日

日経新聞、経済教室 国際支援を考える下

貧困解消 世界安定に必須 前提は「機会均等」 経済成長、合理的で公正に

エリー・ムタンゴ氏 駐日タンザニサア大使

『グローバル化は正しい均衡を欠きながら全速力で進んでいる。こうして生まれた深刻な不均衡は、民主主義への脅威となっている。
少数に富が集中すれば、特権的な地位は固定化されやすい。経済力を持てば、次第に政治的決定を行いたがるようになる。

富の不均衡な分配は機会の不平等を招き、質の高い教育、保健サービス、技能やまともな職に得られるのは、高い価格を支払える者に限られる。世界貿易機関(WTO)などの国際機関の中での交渉力にも影響し、貧困国は国際的貿易ルールの決定においても不当な仕打ちを受けることになる。

不均衡な国際貿易ルールは、ないがしろにされてきた機会均等や比較優位といった原則を無意味にする。(中略)

我々は、競争自体に反対している訳ではない。
経済活動や市場統合に際し、これに加わる「出発点」が異なる点を考慮すべきだと主張しているのだ。でなければ、世界の輸出動向からも明らかな通り、アフリカは取り残されてしまう。(中略)
直面している供給面の制約を具体的に五つ挙げたい。
第一が、国内生産や域内貿易を阻み、生産コストや取引コストを押し上げる物的インフラの未整備だ。
道路、鉄道、港湾、電気通信、電力、水道など…(後略)』

これは、今現在日本が直面している、東京の一極的な富の集中と過疎化が進む地方との関係に似ている。

たまたま地の利で、富が集中している側面を理解しているがために、都市移転にも猛反対している。

彼らの思考の土台にあるのは、立身出世であり、そのための競争であり、そして、実はそれは21世紀にはそぐわない、過去になりつつある思考だということはこれから時代と共に明らかになっていくでしょう。
(まだ七年目ですからね。21世紀も)
そこで日本。

あの戦略的な北朝鮮に関わる外交からしばらく1抜けて、

そこに援助するかもしれないであろう援助をこれらの自助努力の途についた、援助を必要とする国々に援助をしたら。

それも、お金を出すだけでなく、現地で一緒に汗を流して作り上げるまでを援助したら。

居場所がなくて、刑務所に入りたがる人や、好んでではなく浮浪者となった人達の希望を募って、人の役に立つ喜びを味わって貰うようにするの
posted by ひいらぎ at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の流れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

子どもと年配者

20007年3月20日火曜日
日経新聞夕刊

世代組曲

女子アナは小学生

年の差効果2

『「みなさん、こんにちは。FM千早88です」。
土曜日の午後三時、東京都豊島区の住宅街の一画で八・0メガヘルツに合わせると、緊張気味の幼い声が聞こえてくる。放送時間は約一時間だけ。キャスター役は地元、区立千早小の小学生で、放送機器を操作する「技術担当」は稲垣えいいち(66)だ。

六十代の男性と小学生。接点のない二者をつないだのは、稲垣が十年以上前から続けている近所の公園を小鳥が集まる環境にする取り組み。その活動に小学生はボランティアとして参加してきた。

「ミニFMは免許がいらない」。ふと目にした新聞記事で、稲垣の頭に浮かんだのが、その子どもたち。そして、深夜ラジオを毎晩楽しみに聴いていた今は亡き母親の姿だった。

「独り暮らしのお年寄りが、子どもたちの声で少しでも元気を出してくれたら」。
そんな思いが機会オンチの稲垣を自宅での開局へと突き動かした。』

なんと素晴らしい試みか。

優れたアイデアは、誰にとっても真似しやすく、発展のアイデアを受け入れやすい。

これは、やろうと思えばすべての小学校で実行し易い。

中学校でも、取り入れ易い。

総合授業として、他者の気持ちになって、心を添える、共感能力やコミュニケーションの技術を学ばせる教育にもなれる。

心が寂しくなった年配者や独り暮らしの方にほのぼのとした一時を贈ることができる。

工夫の余地が無限大にある。

本当に素晴らしい人がたくさんいらっしゃって、

心から感動と感謝せずにはいられない。
posted by ひいらぎ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

思い

2007年2月25日 日曜日

日経新聞 「日経ネットPLUS」開始記念シンポ特集

ネットで変わる知識経営 鼎談(ていだん)

富士ゼロックス社長有馬利男氏

一橋大名誉教授 野中郁次郎氏

一橋大大学院国際企業戦略研究科長 竹内弘高氏

有馬氏『(前略)もう一つは脳、神経、意志、動きなど非定型な情報だ。目に見えない情報を見えるようにする一番の方法はドキュメント化だ。ドキュメント化で暗黙知を形式知にする。これを通じて新たな価値が創造される。(中略)』


野中氏『知識経営を突き詰めると「知とはなんぞや」という問題にたどり着く。
知は「思い」に言い換えられる。

人間の血肉になる主観的な思いを客観化し、組織で共有すると形式知になる。思いを実現するために必要ならITも徹底的に活用する。ITぐらい強力なツールはない。

価値とは主観であり、最後は人間の価値、社会の価値にたどり着く。「何が正しいか」という強烈な問題意識がないと知識経営は実現できない。

利益をあげることが正しいこともあれば、世のため人のために社会的なことをすることが正しいこともある(富士ゼロックスのバーチャルハリウッドプロジェクト)「病院へ行こう」の場合、各社員が日々の業務をこなす中で何が正しいか考え、正しいことを組織の問題意識として持つことが非常に重要になる。組織として正しいことの基準をきっちりつくることも非常に大事だ。』

最近、野中氏の文を読む度に、

心がビビビっとなる。

なんと表現してよいかわからないけど、一番しっくりする言葉と言えるのかもしれない。

私の暗黙知を理路整然と言葉にしてくださる人と言えるのかもしれない。

この後に、自分の主観や思いをネットで語ることのできる時代は、暗黙知がかなり掘り起こされて、言葉として、共通認識や形式知に進化されていく可能性を語ってくださっている。

言葉にしてくださってありがとうございます。
posted by ひいらぎ at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プラスに

2007年1月23日火曜日

日経新聞 私の履歴書

江崎玲於奈氏


『だれしも母国を離れアメリカで暮らすとなると、母国の価値観とアメリカ文化との間の摩擦から来るカルチャーショックを経験する。そして成功した移民とは、このカルチャーショックがプラスに働いた人たちであろう。

ともかく、他国で暮らすとなると、私もその一人であったが、言葉をはじめ、食事や習慣の違いなど、さまざまな困難が伴う。しかし、異質の文化の中で生活することは体験を豊かにし、視野を広める。冷静な目で文化を比べ、自己のアイデンティティを明確につかみ、それが自己の開発、向上に結びつく。

最近のホリエモン事件などでもその片鱗を見せたような、

異質を排斥する日本の風土文化からも脱却して、国際人として歩むことができるようになるのである。』

何かに到達した人の言葉には、学ぶべきお宝が詰まっている。

人はいつだって、自分の正直な湧き上がる思いに正直に生きればいいとは思うけど、

被害者意識は人を幸せにしないことは、判断の材料にして欲しい。

否定はそこでストップしてしまうことで、どどまるか退化しか道はない。

否定やマイナスは現状認識のために活用して、そこから意志の力でプラスに向かうことで、面白くて楽しい何かをつくり出すことができる。

多分これは海外であっても、小さな日本の田舎であっても、とか都会であっても、同じなんだと思う。

私も、がんばろうっと。
posted by ひいらぎ at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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